社寺建築が完成するまで
神社仏閣の建築物は人間の生存に緊急に必要でないためか、発起から着工までの時間が長くかかるのが一般的です。また、宮司、住職、総代、建設委員等の方々の気苦労も一通りでなく、金銭、物品等も他よりも多く奉納し、重ね重ね努力されます。
どうしたら、皆様に喜ばれる社寺を建てることができるのか、社寺建築があると聞けば皆で視察に行き、視察で得たものを取り入れ、また計画を見直す。そしてまた、話し合いを繰り返す。そのように、社寺建築の工事計画は多くの時間を費やし、合議の上、施工者に相談という次第になるかと思われます。
ご相談を受けました当工務所と致しましては、まず現地に赴き、施主様のご要望を伺います。祭神や宗派、想定しているご予算・間取り・建物の大きさ・普段の使い勝手など、様々なご要望を考慮し、お聞きした内容に基づいて、建物の検討、設計を始めます。
初めに、第一案として設計図面・見積書を作成します。その内容を基に、施主様と協議して、種々修正または変更しながら、幾度となく協議を繰り返して、ご納得の行く内容に至りますと、正式に契約と相成ります。
契約では、当社で契約書をご用意いたします。契約書には、建物の名称・工事内容・工期・総工事費・工事費の支払方法などが記載されますが、その他にも、何か問題が起きた場合にどうするのか、というような法的な取り決めも記載されています。記載事項をご確認・ご了承いただきましたら、発注者・施工者、それぞれの記名・押印により契約成立となります。(場合によっては設計士も記名・押印します)
材木について
契約締結後、契約金のご入金を頂き次第、速やかに木材・資材を発注します。木材は調書に基づき製材し、天然乾燥いたします。その場合、一年以上は乾燥させることが理想とされています。ただし、社寺建築に使用される大口径の部材については、必要に応じて、さらに長く乾燥させることもあります。
どんな名工が腕を振るいましても、木材が乾燥していなければ、たちまち縮んで、木組・細工が緩んで、社寺建築としての本来の強度は出せません。
また、乾燥に時間のかかる太い部材については、背割りを入れ、穴を掘り、ある程度の細工を終わらせます。そして、建てる寸前まで乾燥に心がけ、最後に穴・ほぞの寸法を修正して仕上げます。こうして木の縮みやねじれを防いでおります。
なお、当工務所では、提携する材木屋に、すでに乾燥させた良質な木材もありますので、それらに適合する材木であれば、乾燥期間を待たずにご用意できる場合もあります。
工事開始
工事を着工いたしますと、まず始めに、設計図面をもとに実物大の原寸図を書きます。その原寸図から型板を作ります。
曲がった材、くねった材、丸い材などは、その型板通りに挽き、造作材以外はすべて加工して建前に備えます。丸柱は八角で注文製材したものを十六角、三十二角、六十四角と、次第に角を落として、最後は丸鉋で仕上げます。
彫刻物は大工が始めに穴やほぞを付け、必要な細工を済ませてから彫刻師に渡します。彫刻師はこれに絵を描きノミを入れていきます。百本近い数の様々なノミを絵様に合わせて使い分け、彫刻を仕上げます。この間には基礎工事も進行し、建方の日取りなどを相談いたす頃となります。
屋根を支える
社寺建築の美しさを演出する要素の一つとして、大きく迫り出した「軒の出」は欠かせません。およそ七尺(約2.1m)、場合によっては、それ以上になることもあります。その「軒の出」を支えるために、屋根の中には、多量の木材を的確に配置し、入念に施工しております。
これをおろそかにした場合、程なく軒先のたわみ・ゆがみ等が生じ、初期の軒先の線が崩れ、見た目も醜くなるだけでなく、雨漏りの原因にもなる場合もあります。当工務所では、そのような事のないように、屋根裏の見えない所にも、十二分に留意して施工いたしております。
釘を使わない宮大工の話
宮大工として仕事をしていると、「宮大工さんは、釘を一本も使わないんですよね」と言われることが多々あります。また、テレビなどで宮大工を取り上げる際にも、最初の説明として、「釘を使わない」という話が出てきます。もちろん、嘘ではありませんし、木造社寺建築の構造体は、宮大工としてのしっかりとした技術と経験があれば、釘を使わなくても建てる事は可能です。
しかし、正直なところ、「釘を使わない」ということについては、補足説明が必要になります。
そもそも、古い時代では、ボルトや建築金物などがありません。また、釘は貴重品で高価だったため、大工は智慧を使い、工夫を凝らし、高度な継手や仕口を駆使して建物を組上げたのです。また、野地板として竹を割り、縄で結んで瓦下地とした事例もあります。もちろん、その様な細工を今の時代に実施する事は技術的には可能なことではあります。
ただし、現在では、社寺建築を含め、ほとんどの建築物は建築基準法に基づいて建築確認申請を提出する必要があります(小規模建築など除外される建物もあります)。そのため、設計の段階で法律に適合するように考慮しなければならないのです。そして、現代の建築基準法には、「指定された金物を指定された場所に的確に取り付けること」が明記され、義務づけられているため、昔のように「釘を一本も使わない」「職人の技による木組み」だけの構造で神社仏閣を建てることは非常に困難なのです。
もちろん、例外的に法律の“しばり”を超えた事例もあります。東京の湯島天神の御社殿を総ヒノキ造りの木造で建立した時、「防火地域には木造は建てられない」という規制があったのですが、設計士や建築業者が様々な形で努力し、一年以上もの時間をかけて、「建設大臣認定第一号」として特別に木造建築が許可された事例は有名です。
ただし、この事例にあるように、社寺建築を建築基準法に適合しない方法で認可を得るには、たとえば有名大学の権威ある教授の研究データをもとに、法律に適合する性能 (耐火・耐震等) を持っていることを実証し、申請し、許可をえなければなりません。そのためには、建設にかかる工事費以外に、膨大な費用と時間を要します。ですから、実際のところ、多くの神社仏閣において、それだけの費用と時間をかけて、「釘を使わない」工法を実現することは、非現実的ではないでしょうか。
また、神社仏閣は法律に従うことだけではなく、昨今では大規模な地震の頻発や、巨大台風による暴風等の天災についても備える必要があります。このような天災によって神社仏閣が倒壊したり、御神木が倒れたりした例もあります。そのため、耐震・耐風についても十分に考慮した構造にしなければなりません。
もちろん、「五重塔は免震構造だから地震に強い」という事実は今や海外からも認められています。その他の社寺建築についても「宮大工の技で造られ神社仏閣は地震に強い」とも言われていますし、それは事実です。
しかし、宮大工の技術を駆使した上に、必要な場所に、法的に採用されている金物を取り付けることで、より強度の高い、安全な建物を建てることができるのです。
結論的には、建築金物を全く使わずに、日本古来の宮大工の技だけで神社仏閣を建てることは、技術的には可能です。しかし、工期・費用・建築基準法、昨今の自然環境など、様々なことを総合的に検討していくと、建築金物などもうまく利用しつつ、日本古来から伝わる流麗荘厳な外観を造り上げることも、現代の宮大工にとっては必要不可欠な技術ではないかと考えます。
屋根の仕上げ
社寺建築の屋根材としては昔から瓦、銅板、檜皮、板、草(茅など)、石材など、種々ありますが、現在では、瓦と銅版が多く使われます。
銅板葺きは、神社の屋根として多く用いられていますが、檜皮葺きの模造葺でした。
香取神宮の御社殿は、檜皮葺きならではの美しさを今に伝えております。
鶴見総持寺大祖堂の屋根は銅板による瓦葺様式で、日光東照宮の屋根もまた同じです。
銅板葺は、ある時代(明治―昭和初期)には、職人の主観から薄い銅板をさらにナマシてやわらかくし、野地板に吸い付くようにピタリと張って腕の良い職人だと言われた事もありましたが、現在ではその愚が反省され、継ぎ箇所のハゼをわざと起こし、毛細管現象による逆水の浸入を防いでいます。また銅板は温度変化による収縮も大きいため、大屋根の場合、所々に収縮できるよう特殊な細工を施します。
瓦葺には大きく分けて本瓦葺と桟瓦葺があります。本瓦葺とは平瓦が三枚重ねとなり、その堺に丸瓦をかぶせて葺き上げます。寺院などに理想的な葺き方ですが、高額な費用のため桟瓦も多く使われます。本瓦葺ですと、資材を多く使い重量も増えるため、構造も桟瓦に比べ三倍も太い材を使わなければなりません。近年では、桟瓦葺きのような葺き方でありながら、見た目は本葺きと遜色ないように見える特殊な瓦も多くなりました。
社寺建築は、屋根が出来上がれば工事工程の七割方ができたことになり、神社仏閣ならではの、流麗荘厳な全景が見えてまいります。室内の造作工事を進めていくといよいよ完成が近づいてまいります。
コンクリート造と木造
ところで、近頃では、市街地などでは消防法の規制や予算の問題もあり、コンクリート造りの社寺建築も少なくありません。また、実際に火災に見舞われた神社仏閣において、再建するにあたり、再び木造で建てることをためらう施主様も多いのが実情です。さらには、大規模建築では、鉄骨とコンクリートに頼らざるを得ないのも事実です。
ただ、その寿命が問題で、願わくは、コンクリート造りに寿命が倍化されたらと常々考えます。定期的に外壁の塗替えなどのメンテナンスが必要になるため、維持管理もなかなか大変です。建物が早々に崩れるようなことはありませんが、二百年の風雪に耐えられるかどうかは疑問が残ります。
その点、木造は実証されており、安心できます。東大寺の屋根修復の際に、屋根瓦を下ろしたところ、一尺八寸も軒先が持ち上がったと伝えられ、長い年月を経てもなお一尺八寸もの還元力があることを見ると、木材の生命の脅威に驚かされます。
木造にこだわるロマン
木材を使用する上で、忘れてはならないのが、防腐・防虫対策ですが、様々な塗料や薬品が開発され、その効果はかなり期待できます。あるいは、建物の構造を検討する段階で、床下の通気性を十分に考慮することも有効です。
また、木造の最大の弱点として「火災」という恐怖があることも否定できませんが、近年では、塗布するだけで燃えにくくなる塗料も開発され、社寺建築に限らず、多くの木造建築に採用されています。
もちろん、「これで防火対策は完璧です」とは言いきれませんが、常日頃から、火災に注意し、雨漏りに留意すれば、木造建築は千年の風雪にも耐えます。縁あって努力奉仕させて頂いた建造物が施主様、施工者を超越して、五百年、千年も先のはるかな未来に、日本建築として生き続ける可能性は十分にあります。しかも、各時代の人々に、敬われ、愛され、いたわられながら。
現在、日本国内には建築用材も少なくなり、一番理想的な木曽檜などは「銘木」となり、建築用材としては非現実的なほど高価で、なかなか使えなくなりました。外国産木材も種々大量に輸入されておりますが、美しく丈夫で長持ちする木材は、量も少なく高価です。もはや神社仏閣を木材で建築することは贅沢な時代になったのだと言えるかもしれません。
当工務所では、このような時代にも千年のロマンを楽しんで、日々の作業に従事し、皆様のご期待に沿えるような、「宮大工」であり続けたいと「匠の技」の研鑽に努めております。
【理想とする建築用材】
日本材=木曽檜・吉野檜・欅・桧・杉・青森ヒバ
外国材=米ヒバ・米桧・米松・外国産欅